広島県福山市 鞆の浦 サイクリング

広島県福山市 鞆の浦 サイクリング

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備後安国寺
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備後安国寺
瑞雲山臨済宗安国寺は、鎌倉時代の文永年間(1270年代)金宝寺として創建されました。当時は、山門・仏殿・法堂・衆寮などの七堂伽藍がありました。
南北朝時代足利尊氏により安国寺と改称されました。現存する釈迦堂は金宝寺の仏殿として建てられたものです。境内全域は県史跡に指定され、釈迦堂と堂内の木造阿弥陀三尊像・木造法燈国師坐像などは国重文に指定されています。地蔵堂にある石造地蔵菩薩坐像は、
重要美術品に指定されています。
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安国寺
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正法寺
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正法寺
正法寺は、1598年に建てられました。
山門は1800年代に造られ、今も残っている大変貴重なものです。当時、和尚は布教とともに庭造りにも熱心で、朝鮮通信使の常宿としても利用されました。境内の羅漢堂には、十六羅漢像が安置されています。本堂奥に毘沙門天が祀られています。
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慈徳院
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本願寺
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善行寺
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大観寺
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小松寺
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顕政寺
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妙蓮寺
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ささやき橋
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山中鹿介首塚・ささやき橋伝説
<山中鹿介首塚>戦国時代の終わり、毛利氏に滅ぼされた尼子氏の家臣山中鹿介は、主家の再興を願い兵を挙げました。1578年(天正6年)岡山県の高梁川「阿井の渡」で討たれ、毛利輝元や足利義昭に首実検をされました。岡山県の「阿井の渡」には胴塚があります。

<ささやき橋伝説>応神天皇の頃、百済よりの使節の接待役・武内臣和多利と官妓・江の浦は、役目を忘れ夜毎この橋で恋を語り合っていました。それが噂になり二人は海に沈められました。それから密語の橋と語りつがれています。
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山中鹿之助首塚
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静観寺
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法宣寺
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南禅坊
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南禅坊
南禅坊は、1600年頃に建てられました。
福(禅)寺の(南)の僧(坊)の住むところという意味から、南禅坊という名前になったようです。
「春の海」で有名な作曲家宮城道雄の先祖のお墓もあります。
本堂と山門は、国の登録文化財になっています。鬼瓦にはいろいろな猿が彫られています。
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阿弥陀寺
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明圓寺
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医王寺
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ここから見える景色
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医王寺
桃林山慈眼院医王寺は、平安時代の弘法大師の開基と伝えられる真言宗の寺院です。本尊は木造薬師如来立像で県の重要文化財に指定されています。慶長年間(1600年頃)福島正則が藩主となり、鞆城代大崎玄藩がこれを再興しました。現存する鐘楼は1642年(寛永19年)福山藩主水野勝成の建立、本堂は1685年(貞享2年)四代水野勝種の再建したものと伝えられています。ここから15分ばかり登った所にある太子殿からの展望はすばらしいものです。1826年オランダ商館長の随行医師シーボルトはツツジや松などの観察のためにこの小径を登り、植物・昆虫を採取しました。
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ここから見える景色
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